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学校

時短運動会のホンネまとめ!ネット・2ちゃん反応大量掲載!

投稿日:2019年5月18日 更新日:

 

春の運動会シーズン真っ盛りだが、近年、全国の小中学校で広がっているのが、午前中もしくは昼食時間を設けずに午後の早い時間までに終了する“時短運動会”だ。北海道・札幌市内の小学校では、じつに全体の6割超が「昼まで開催」の予定だという。

(中略)

年に1度の我が子の晴れ舞台を楽しみにしている保護者にとっては、盛り上がりに欠ける運動会の時短化に反対の意を唱える人も多いのかと思いきや、意外にも賛成の声は大きい。
「ウチは共働きで、毎年、朝早くにお弁当を作るのも面倒ですし、夫も明け方から場所取りのために校門前に並ぶ“恒例行事”に疲れてしまって……。今年は開会式ギリギリに行って、校庭が見えない後ろでも座れる場所を確保して、子どもの出番の時だけ前のほうで見る予定です。もう午前中だけの運動会になってもいいと思います」(埼玉県40代女性)

出典:Yahoo!ニュース
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190518-00000007-pseven-soci

 

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名無しさん
勉強ではテストでしっかり点数をつけて順位づけするのに、運動会では順位がつかないように手を繋いでゴールさせる。運動が得意な子はどこでアピールすればいいの?勉強が得意な子、運動が得意な子、応援が好きな子、みんなが活躍できる場を設けること、色んな子がいる事を教えることも大切な教育だと思いますけどね。
名無しさん
順位をつけない風潮があるのは知ってますが、
正直それなら運動会なんていらない、とも思います。
高校での話ですが、全国的にもかなり有名なスポーツ特進を抱えてるクラスに、一般クラスが対抗するために、とあらゆる手立てで勝ちを狙いにいきました。団体種目の配点が大きかったので、そこの練習は休日返上。達成した時の喜びは今でも覚えてます。
全力を出し切るには競争が欠かせないと思います。それなくして社会で生きていけるのでしょうか。
名無しさん
クレームといい、最近は親が主役になっているような気がしてならない。そこが問題だ。本中にあるように、運動会の主役である子どもたちの存在が完全に無視されている。
学校とは何なんだろうか?学校の意義とは?勉強だけしていれば良いわけじゃない。勉強の成果を試すものがテストだとしたら、運動を試す機会は何?
子供の意見を聞けばいいのでは?生徒の意見を元に色んな対策をすればいいと思う。親の異常なクレームを気にするよりも、本来の意味でもある子供最優先でお願いしたい。
名無しさん
子供の学校は、色分けし、低学年から高学年まで混ざってチーム戦!
学年の垣根を超えて協力する競技があり、子供は、高学年から学び、下の学年を支える事を学ぶ本当に良い運動会だなと感じてます。
もちろん順位、勝敗もつけます。低学年の時から、体育の授業や放課後などに一生懸命練習するので、負けた時は涙を流す子供もいます。
でも、1日のなかで、全力で競技し、悔しさをあじわったり、時には達成感を味わえるのは、運動会くらいじゃないだろうか…いつもは、テレビゲームばかりやりたがる子供達のそんな本気な姿に感動させられ、家では見られない子供の新たな一面にふれるのも、また運動会だけかなと感じる。
お弁当は、コンビニ弁当持ってる子とかもいましたよ!それでも私は全然構わないと思いますけどね。大切なのは、子供の頑張ってる姿を親がちゃんと見届け、応援できる事だと思うので。
名無しさん
小学校時代、勉強はまるでダメだけど足がすば抜けて早くて運動会のリレーの花形だった男子がいました。あれがあったから、彼は皆から
一目おかれていたと思う。
それから、秀才だけど足が遅く運動会が嫌いな男子もいました。それは今思えば彼にとって良い勉強でもあったと思う。子供は色んな経験や思いをして学んでいくのですよ。
子供それぞれ個性を大人の都合で奪わないでやってほしい。
名無しさん
現役小学校教師です。
徒競走で順位をつけない学校はあったとしてもごく少数ではないでしょうか。少なくとも私の周りでは聞いたことがありません。
子どもたちは「負けて悔しい思い」をきちんと経験していますよ。
それより、保護者の方の態度の方が気になります。
観覧席で該当学年に場所を譲らない、指定の場所以外で撮影を行うなど…。
毎年他の保護者からご意見をいただくのですが、それを注意するのも学校の仕事なのかと。
名無しさん
練習、本番と子供たちは多くの事を学べる。
ゲーム、スマホ、様々なアプリ関係の時代だから、ますますこういう経験が必要だと思う。
温暖化だから何月がいいかだろう…。
子供の成長のため、先生方ありがとうございます。保護者のみなさんも付き合うのは大変ですが、子供の運動会を見られるのは人生で数回しかありませんよ。
名無しさん
昔は運動会って地域のお祭りのようなところがあったのかな?
うちの子の小学校も中学も生徒数に対して広さが十分とは言えないので、親の観覧席は体育座りができるか出来ないかの広さ。立ち見が当たり前。だから、お弁当も親とは別々。それが、なんか寂しい感じがあり、子どもの競技を見たら、帰宅するのが当たり前で最初から最後までって見たことない。
それでも、子どもは勝った負けたと楽しんで帰ってくる。親に見てもらうのも良いけど…子どもが頑張れた!っていうのが何より大切な事と感じてる。去年は、徒競走ビリだったけど…今年は4位とか…自分の成長を自分が感じている。体育は苦手だけど…頑張る!って…それだけでも良いのかな?
先生たちも、見た目重視より、子どもたちが頑張る!楽しむ!を大切にしてくれたら、それで良いと思う。
しかし、暑い秋の運動会は、本当に大変なのでは?と感じる。適した良い季節がないよね。
名無しさん
学生時代に競争させず、体が大きくなったら「ハイ、競争ね」っていうのは最早虐待の域に達していると思う。人は経験なくして心の成長は得られないからね。
大事なのは数ある競争自体をやめることではなく、ソレらに落ち零れていった者達を拾い上げるネットを、出来る限り十重二十重に張り巡らせておく事だと思う。
それをする前提であれば、寧ろ社会に出る事を想定し、可能な限りの競争をさせておいた方がいいとすら思う。
落ち零れる経験、底から這いあがる経験、或いは這い上がれずともネットに身を委ねて救われる経験……。
それらは成長を待つ子供にとって、この上ない栄養となってくれるはず。
名無しさん
危ないからと言って何でも辞めることが子ども達の為になるのか……。怪我をしてからでは遅いのは分かるけど…。最近は親が学校にすぐ噛み付くから…。
子どもが悪くて怪我をしても学校のせいだし。先生方としては、やらなくて良いならやりたくないと思う。でも、運動会から学ぶ事も多いと思うし何よりも子どもが楽しみにしている。昨日娘が徒競走の練習で2位だったと喜んで帰ってきた。その気持ちも大事にしたい。怪我はして欲しくないけど、怪我をしないように考える力も身につけて欲しいとも思う。
娘の小学校では騎馬戦も男女でやるし、組体操も派手ではないけどやってる。昨年は棒登りもやってたし。騎馬戦なんて最近女子の方が強いから見ていて楽しいし。1年に1回大人数でお弁当食べる日があっても良いかなと思うから、面倒だけど頑張って作る…。共働きだし、前日も仕事だけど…。全ては楽しみにしてる子どもの為に。
名無しさん
記事中やコメントにもありますが、運動が得意な子にとっては活躍する場であるし、チームで団結するという集団生活ならではの体験も大事だと思うので、行ってほしいとは思う。組体操はともかく、手繋ぎゴールとか、差をつけないように配慮するっていうのはどうかと思いますが。勉強が苦手な子がいるからって、テストの点数を全員同じにするとかはしないのだから(いずれテストもなくなるのかもしれませんが)。運動が得意な子がいて、勝ち負けがあって、喜んだり悔しい思いをしたり、良い経験だと思うのですが…結局、親が反対するのかな。ただ、毎日毎日暑い中練習し、叱られまくるっていうのはしんどいかなと思うので、ダンスとかはやらなくてもいいのにとは思う。お弁当も、衛生面や中止になったときに困るといった面があるので、子供だけお弁当で、保護者は帰宅しても食べてもいいとかだとありがたいなぁ。
名無しさん
息子の担任が体育の先生。
体育祭について職員会議にかけ、組体操やダンスの授業、加えて、6月には宿泊訓練があり、その準備。放課後には部活指導!
可哀想すぎます
クラスを大事にしたいと言ってくださるとてもいい先生です。しかし、忙しすぎてクラスに目を向ける時間がないとおっしゃってました。
平均的に先生の仕事が多すぎなのに加えて、できる先生に仕事偏り過ぎ?
先生の働き改革も急務で、行事も精査して行ったらいいですね。
学校の目的とは何か。
立ち止まって考える時期。
日本の学校は全て抱えすぎです。
名無しさん
中学校での体育祭でのこと。障害があり体を思い通りに動かすことが難しいクラスメイトがいました。その子が競技に参加すれば順位が落ちてしまう可能性もありましたが、それよりも「クラス全員で参加したい」という希望が強かったことや、本人もやってみたいととても前向きだったためリレーや大縄跳びにも一緒に出ました。最終的な結果は全く記憶にありませんが、とにかく全員で参加できたことが嬉しくて楽しかったことだけは鮮明に覚えています。
本番もそれまでの準備でも学べることがたくさんあります。ケガの原因をなくすことも大切だと思いますが、親(大人)の目線(お弁当が大変、場所取りが大変etc.)ではなく、子どもたちがその行事を行うことで何を得られるのかを最優先に考えるべきではないでしょうか。
名無しさん
「子どもの中には、勉強だけでなく運動が得意な子だって当然いますし、応援合戦やダンスなど表現活動に秀でた子もいる。運動会の時短化や廃止は、子どもたちからそうした能力を発揮する大事な場を奪うことになるのです」というが、勉強の得意な子供には、そもそも運動会みたいな機会がほとんどない。
また運動会でなくても、学校は体育や音楽を成績として評価している。これは他の科目と変わらない。運動会がないと、子供が不平等になるわけではないだろう。
こう考えると、何のために運動会があるのか、はっきり答えられる人はいないように思う。また運動会に保護者は必要だろうか。これも疑問だ。運動会を見直すいい機会かもしれない。
決まり事や行事は、その意義を見出せなければ、いずれ廃れる。子供達が運動会を楽しいと思うなら、それも大きな理由の一つになるだろう。クラスメイトと良い思い出を作れるかもしれない。子供にとって重要な事だ。
名無しさん
教員です。
順位をつけない傾向があるのは知ってますが、中学校では順位をつけ、クラス対抗のままです。
確かに運動が苦手な生徒にとってはつらいかもしれませんが、クラス全員走るリレーでは遅い生徒のフォローを速い生徒がするなど、自分達で走順も工夫してます。
勝ち負けが全てではなく、そこに至るまでの工夫や努力は大事な経験となると信じてます。運動会を機に新しいクラスもぐっとまとまります。
暑さがキツくなってきましたが、何とかやりくりしながら素敵な思い出になればいいなと思います。
吉光
運動会は教室より運動場、雨が降れば体育館という者が張り切って主役級に成れるチャンスであった。
徒競走でもゴールの脇には着順枠が設けられ、1着の旗の下に着座するために高揚し、リレーでは自主的に「選ばれた選手」はクラスの名誉をかけて放課後練習に集る。
走る能力を認めて選んでくれた級友たちの分まで頑張った。
騎馬戦は全員で馬と騎手を選んで、戦い方のフォーメーションを考えた。
棒倒しは身軽な友人を上に押し上げる役目の者もいる。
自軍の棒が傾くと、ロープ組の移動を指示する者や、攻め手から守備へ引き返す役割の者。全て皆で話し合って決める。
勉強が今一の子も活躍していました。
勉強もできて的確な行動ができる者は信頼度が増しモテた。
運動が苦手な子もクラスのために、与えられた役目を懸命に頑張った。
いつから、熱射病を恐れ、順序立てを辞め、運動苦手っ子がいじめの対象となったのか?
どこで路線を違えたのか?
名無しさん
昨年は天候不良の関係で、時短運動会になりました。
12時ちょいすぎに終わりました。

削られたのはPTAの種目と中休みぐらいで、
あと前年度まで学校にいた先生が遊びにくるのが定番なのですが、その人達の挨拶もなかったかな?
じゃっかん、全体的にまきでやった感じですが。
中だるみもなかったし、子供達の活躍もみれた。
子供達も自分達の出番意外は応援しつつも休んでいる感じなので、中休みも必要なかったし。お昼時間だからと親が家に帰ったり、時間をつぶす必要もなかったので。
私は来年もこんな感じだとよいのにと思います。
(たぶん、天気が問題なければ、来年は普通にやると思いますが)
生徒数が300人ぐらいだからできるのかもしれませんが、なくなるよるは時短でと思います。
むしろ、時短にしてほしい。

名無しさん
土曜日の運動会を午前中で終わる場合、半日授業とみなされて、振替休日はないのかな?
土曜日の運動会のお弁当も大変だけど、
振替休日の対応も共働き家庭には微妙に負担。
炎天下の中で1日過ごすことで熱中症のリスクも心配。
今は昔と違う気候になってるのだから、開催時期を11月のような涼しい季節にしたらいいのにな。と思います。
名無しさん
教師の負担が増えているのはあちこちで問題になっていること。だからGWや修学旅行が相まって時間が割けなくなるから手軽なモノになるのはある程度仕方がない部分もある。
ただ、順位をつけないとか、廃止しようというのは違うと思う。
順位をつけることよりその順位に対する子供たちの見方・考え方に介入して低い順位の子は傷つかず、高い順位の子は誇れるようにするのも重要。何にせよ世の中順位とは行かずとも優劣くらいはつけられるもの。
名無しさん
勉強ではテストがあり、工作的なものでは展示会があり、体力的に御披露目するなら運動会か持久走大会どれをとっても優れている子苦手な子って出るけれど、苦手な事は嫌でも誰かと協力したりちチームが買ったり負けたり経験することで人として成長に繋がると思う。
午後イチまでの運動会は有りだとは思います。
親としては前日や当日のお弁当作りは天候によって気持ちが左右されるし、場所取りも必要なくなるし荷物も少なくなるし良いと思う。
どんな事にも一長一短!
全ての大人や先生に全校生徒一人一人にアンケートをとってもしっかりと協議をした上で双方ともが納得いく運動会であってほしい。
ヴァ二ラ・アイス
日頃思っている事を書いてみたい。運動会や都道府県によっては音楽会などもそうだが、一体授業の時間を使って何をしているのだろう?と思ってしまう。運動会のための準備はそれこそ半月前から行われたりするが、それが授業の中で行われるのはいいがなものか。また、音楽会についてもそう。音楽会に向けて授業の時間を使って準備する。そして披露することになる。授業の時間を使って運動会、音楽会のために練習する。さらに不思議なのは運動会や音楽会は授業の一環なのだから、保護者への見栄えなどは本来気にする必要などないではないか。
是非、知っておいて欲しい。本来、しなくても良い活動を◯◯会の練習と称して多くの授業時間を使って準備しています。そうしないと見に来る方に「去年に比べてショボイな」と思われてしまう。なので授業時間割かざる負えないのだ。この現実を知っていて欲しい。
名無しさん
運動会大好きなので、(けっこう感動して他人の子観ても涙出るし)時短や廃止の時代前に我が子のが終わって良かったです。
スポーツ選手は常に怪我の危険性を持ちながら記録更新に向けて頑張られているように、運動会もその他の学校生活も事故がゼロではありません。
それを問題視すれば廃止になるでしょう。
仕事が忙しいとか言うけど、子育て期間て人生の中でけっこう短い。
その内のたった1日を子どものために使えないとか寂しい人生だなと思います。
お弁当作るのに何時間かかるの?
手早く作れないなら買ってきたものを詰めたらいい。
頭固い。
その前に運動会が嫌い、子育ても嫌いなんだろうな。
名無しさん
運動会の練習ひとつ取っても、昔より手間がかかるんです。
とりあえず走る、ではなく、不満が出ないように公平に走順を調整。
「練習を欠席した分はしょうがないね」ではなく、別時間に個別対応。
表現(いわゆる踊り)でも、前列後列で不公平にならないように振り付けを考える。
曲の途中で前後の移動を入れる。その分練習回数が増える。
といっても教師によるやらされ感があるのは良くないので、子どもたちからアイデアを募る。
その学級会の時間と、集計の時間がプラスされる。
1人の子に名誉な役が集中しないように、リレーと応援団の兼務を避ける。実行委員会の仕事を平等に分配する。
ということで、午前午後とかいうレベルではなく、運動会というものに昔よりも負担感が増しています。
時間にゆとりがあればいいんですけどね。
今は脱ゆとりですから。
名無しさん
記事の内容にはモヤモヤしますが、運動会が時短になっても子ども達は気にしないと思います。
子ども達からしたら、運動会がなければ!なんていう感覚はおそらくないのでは。そう思っているのは大人だけで。
時短運動会を経験した子は、そういうものだと受け止めるし、運動会がない経験をした子は、そういうものだと受け止めるだけです。
運動会の内容見直しくらいはしてもよいかと思います。
人数が少ない学校だと時間稼ぎの競技があったりするので、時短には賛成です。
名無しさん
順位づけをすること自体が悪いわけではない。問題はその順位に過敏になったり誤解したりする親が子に悪影響を及ぼすこと。とはいえ、親を変えるのは大変というより無理に近いので、徒競走はなくてもいいのかな、と思う。
ダンスとか団体競技は子どもたちの心を育むのによい機会なので運動会そのものを廃止する必要はないけれど、種目を精選して半日の時短にするのは色々な意味でよい。時代と共に親の生活環境も変わるのだから、軍国主義の名残を引きずるのではなく、時代に合った運動会の在り方を考えて行けばいいんじゃない?ただしあくまでも判断基準で最優先されるのは保護者でも教員でもなく児童生徒であるべき。
名無しさん
時代やその時の状況で変わっていってもいい。
私の子どもの頃は3000人もいる学校だったら、2回に分けてやったし、親との弁当タイムもなかった。子どもはそういうものだと思うから寂しいなんて感じない。ダンスと徒競走はあったけど、10人ぐらいでいっぺんに走ったからよく順位とか分からなかった。
これだけ気候も含めて学習内容や親の状況が変わっているのに、変わらずに同じことって無理でしょ。
その時の学校と子どもと保護者が、負担に感じず、安全にできれば何でもいいでしょう。
自分と違うからってまわりがとやかく言うことじゃない。
名無しさん
うちも今日運動会でした。
初めての運動会の時から
わが子の学校ではずっと
午前中で終わりです。
弁当も無し。
最初見た時はなんか盛り上がりに欠け
寂しい感じもしましたが、
慣れてしまえばそれが当たり前になって
お弁当も作らなくていい。
楽ですね
考えてみたらあたしも小学校の時
別に運動会なんてあってもなくてもって感じだったので
時代の流れに乗って変わっていくのも
いいのかな?と思います。
子供達はそれが当たり前だと思ってるので。
近年は暑さが厳しくなって長い時間やると
熱中症も心配ですし。
先生達の負担も増えて来てるので
仕方が無いですね。
開催してくれるだけ有難いと思う事にしてます。
名無しさん
運動会って、個人種目もあるけれど一種の集団行動でもあるし“皆で心を一つにしてやり遂げる”という事って社会に出るとなかなか少なくなるから、いくら時短と言えど廃止するというのは悲しいです。
授業参観以外に、我が子の活躍を見て応援する事によって毎年、子の成長も楽しめるし子供達も励みになり次へのステップアップになるんだと思う。運動会って必死で頑張っている姿がたくさんあるのでいつ見ても感動をそそられます。
年に1回の運動会のために、我が子のために朝早起きして作るお弁当、我が子のために早起きして場所取り…私は子供4人居て働いてますが苦だとは思わないです。
子供が大きくなるにつれて、そういった関わりが少なくなってくるので、そういう時こそつい気合い入ってしまいます。子供の良さが存分に活かされるこの運動会、無くさないでほしいです。
名無しさん
5月に運動会が多い理由の1つに、中学受験などの受験問題が絡んでいる。
知り合いの母親が話していたが、10月や11月の秋に運動会をした方が、熱中症のリスクが大幅に下がるので、できればそうしたいが、受験を控えた保護者からの苦情もあり、5月に運動会をするところが多いそう。
雪国は雪があるので難しいが、雪がない地域は、受験が終わった2月・3月に運動会をしてはどうか?
卒業記念運動会をするのはいかがでしょうか?と思います。
名無しさん
時代ですねぇ。
近年自分の都合ばかり押し付けて文句を言う保護者が多すぎますから、時代の変化に合わせて学校も変化すれば良いんじゃ無いですか。
学校としてもリスクが減るのは大歓迎では無いですか。
共稼ぎだとか土日は仕事だとか言ってる事の全てが個人の都合です。
昭和の時代は運動会も平日だったから、当然子供の勇姿を目にする事が出来ない家も沢山有りました。
しかし現代の様に文句を言う親は居なかったと思います。
子供達は何故自分の親は運動会を見に来れないかを理解していましたし、それで特別な疎外感を味わってもいませんでした。
共稼ぎ家庭が増え労働形態も多様化して、運動会の中身もかなり変化している事を考えれば、昭和の頃の様に平日の授業の一環にした方がいいんじゃ無いですか。
名無しさん
運動は苦手で、勉強は得意でした。
私は学生時代を通じて、勉強の順位を公開された事はほとんどありません。クラスの平均点を先生が言ってたくらいですかね。それに対して、運動会は保護者まで来て運動の優劣をつけられ、努力しても運動の出来ない私にとっては、とても苦痛でした。
かといって、手を繋いでゴールは変だとは思いますが、運動会で優劣をつけるなら、勉強も順位張り出しとかにしてもらいたかったです。
名無しさん
議論すべき内容は、運動会そのものの開催自体では無く、1日に全て集約することでは?
体力測定なんかは保護者は参観しないけど、子供達は全力でやって、数値という順位も出る。
運動会は練習どうこうより、生まれ持った資質によるものが大きいから、競争力がつく子はつくだろうけど、諦める子も出て来る。
また、大人数の前で走ったり演技することで緊張に慣れる数少ない場でもあるけど、運動会以外にも学芸会やら音楽会もあるし、運動が好きな子は運動関係の部活に入って慣れるのでも遅くないよね。
今年のGWのように練習時間が確保出来ない場合など例外もあるけど、1日に全部詰め込まなくても、学年毎の体育の時間内で発表する方法で、保護者はその学年だけでいい気がするけどね。
どうせほとんどの保護者は自分の子供の学年以外興味無いんだし。
あきらっち
ゆとり時代の「手を繋いでゴール」等、競争をしない運動会はやりすぎだであり、社会に出れば競争にさらされる以上、小学生のうちから「勝ち負け」や「挫折を味わう経験」も必要だと考えます。
問題なのは「競争の形態」であり、運動の苦手な子が「クラス全体の足を引っ張る結果になった」場合、自身の劣等感だけでは済まされずに「クラスの人から責められる」虐めに繋がる懸念もあります。
競争はあくまでも「個人の順位」に留め、クラスの順位をなくす事が「運動が苦手な子の二次被害を防止する対策」になると考えます。
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怪我するからとか競争はダメとか、これは更に日本の国力が低下する一方だな。
怪我をしなければ、痛みは理解出来ないし恐怖感は育たない。だから人を平気で傷付けられるようになる。
競争から逃れれば、仲良しクラブを構築し、そこから外れた者を排除するのが常になる。また競争から発展は産まれるが、競争無き者は衰退あるのみ。
自我が育つ前にこのような事を教え込むと、人は腐る
名無しさん
運動会をやらないとか、これじゃこの先益々体力不足で虚弱&老人体型の若者が増産されるでしょう。
人間きっかけや無理にでも誘わないと、モチベーションがあがらなくなり、怠け癖がつき鬱になっていく。
それは、勉強も同じかと。
運動を勉強と同じようにきっちり順位を付けて可視化する方がいいと思う。
最悪は出来ない事を、嘆いてしなくなり棚上げして、忘れてしまう事に問題がある。
何で出来ないのかを、分析したり相談できたり、したりする事を教えるのが一番大事な教育かと。
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名無しさん
元教員です。やっても文句が出る、止めても文句が出る。どうしたらよいのでしょう。保護者も自己都合を押し付けすぎです。全ての保護者の意向を聞いていたら、学校は回らなくなります。みんなで力を合わせること、勝った喜び、負けた悔しさ。色んなことを経験することは悪いことじゃないと思います。親として我が子の子育てを反省することがたくさんありますが、どの子も小さい頃から守られ過ぎていて、些細なことに耐えられないお子さんが多い気がします。机上の学習ではなく、さまざまな行事を通じて得られるものもあります。時間数確保が難しい時代になりまさしたが、英語やプログラミングなんかより、大切なものがあると思うのですが…。
名無しさん
集団生活の最たるもの!集大成なわけで。
うちの子供の小中学の運動会は五月末で、個人の順位とクラス単位で得点がつきます。
低学年の先生は大変。でも、ここで体力つけて、結束力が出るし、達成感を味わうことで、後半に繋がると。
高学年になると、何点必要なのか計算して、みんなで団体競技頑張るし、足の速い子は自分のため、クラスのために頑張るし。
3段以上の組体操、棒倒しはもう禁止。
騎馬戦はハチマキを取るのではなく紙風船とかしっぽ取りでまだやってますね。
親も頑張ってる、本気になってる子供を見られる大事な機会。
止めないで欲しいです。
名無しさん
運動会に限らず目的が曖昧になってきた行事はすべきでない。学校は前例主義。そして前例主義の教育で育ってきた保護者。やめることや変えることへ抵抗がある人が多いのは仕方がない。しかし人口減少社会では前例主義は成り立たないので一度ゼロベースで考えてみては。
従来の運動会ではなく、新しい概念の体育学習その他学校教育活動の発表発信の場が必要だと思います。
名無しさん
大人が子供に優劣をつけないことは大事だと思うが自分の力量を計る術を知らなければ努力は生まれないのではないだろうか?
いずれ受験やら就職活動やらで自分の能力を思い知る
最悪なのはいじめという形でそれを痛感したりする
何事もみんなと同じに扱われると信じてきた子供がいい年になってそうではないことに気付くがその事実を受け入れられず社会や生存そのものからも脱落していく
学校だけではなく教育という子供に対する義務を考え直すべきではないのか?
名無しさん
現場で働いていて、「時短の風潮」はなんとなく理解できる(実際に時短にはなっていないけど、他の授業数確保のために練習時間を守ることを年々強く言われる等)し、組体操も「〇〇小はやめたらしいよ」などの噂をききますが、
正直、私の周りでは「順位づけをしない運動会」を見たことも気配を感じたこともありません。関東関西どちらでも働きましたが。
まぁ、実際そういう学校(地域?)はあるのでしょうが、時短運動会の話とは分けて話題にして欲しかったです。
名無しさん
勝つ喜び、負ける悔しさ、それを学べる事が運動会や競技会の大切な学びです。
学校では、競争をなくそうとしているので、その様な体験をする機会がどんどん減っている。
個人種目、対抗リレーで頑張る子。それを応援する子は、応援する種目。みんなで頑張るダンス。全ての種目に得点をつける。
クラスでいろいろな役割があり、皆で力をあわせて総合優勝めざせたら、皆に達成感がある。
みんなで手をつないでゴール?
順位がつかない徒競走?
何も教育にもならないと思いますよ。
名無しさん
子供が保育園の時保護者会長になり運動会の話合いでは土曜にすれば職員の休日手当が必要なので平日にならないかと園の方から相談されました。保護者もなかなか休めないので無理ですとは言いましたが。
その他には奥様方から弁当作るの大変だから半日にして欲しいって意見もありましたね。普段は完全給食なので年に数回我が子の為に弁当作れないものかな?と感じたり。
事なかれの方向になって行き寂しい感じはしますね。
名無しさん
PTAに携わるようになるとわかりますが、子供目線というよりは、大人目線になりつつある気がします。
ただし、時短もわからないでもありません。
灼熱の暑さの中、子供達が競技をしている光景は、頑張れという気持ちよりもむしろ、かわいそうという気持ちの方が強くなりつつあります。
形は変わっても、運動会が楽しみという気持ちが変わらなければ、良いのではないでしょうか?
cosmo
スポーツで優れた能力を持つことは評価すべきこと。
その意味でその様な生徒にとっては運動会は大切なイベントである。
だが、危険な種目は避けるべきだろう。
怪我をする可能性はどんな種目でもあるがその様なことではない。
組体操や棒倒しなどは危険ということで、ほとんどの学校で禁止ということだが、我が子の小学校では高学年で行われている。
何故実施が可能なのか、実施を継続するのか疑問だ。
匿名
小学校は順位をつけるつけない以前に午前中だけの運動会です。午前中に終わってお昼は生徒だけ教室で食べる。7〜800にんの生徒がいる中で流れ作業のように過ぎていく時間。通っている幼稚園の運動会が盛大で園児も先生方も頑張ってくれていて本当に感動するものを見せて頂いています。自然と熱い涙が出でくるそんな運動会です。
園児たちも自身に満ち溢れた顔で頑張っていて、お友達との団結力も生まれています。保護者のリレーの選手選考はくじ引きになるほどみんなが積極的に参加している運動会を経験しているので小学校でもその感動を子供達にも感じて欲しいです。午前中だけの運動会ではなくて、しっかりとした運動会を子供たちに経験させあげたいです。
名無しさん
札幌で通っていた小学校は午前で終わりましたが、徒競走は手繋ぎゴールではなく順位をきちんとつけていた学校でした。
午前で終わる運動会に最初は疑問を感じましたが、実際に参加してみると、各学年の見所あり、子どもたちは各競技に集中して参加していましたし、YOSAKOIソーラン、最後のリレーでは大盛り上がりしたりと、思っていたよりずっと満喫できました。
全校生徒数にもよるかと思いますが、悪くないです。
名無しさん
運動会はあってもいいが、いろいろ改善はすべき。
とにかく無駄なことが多すぎて拘束時間が長すぎる。入場行進、校長先生の挨拶、PTA会長の挨拶、来賓紹介、選手宣誓、応援合戦、優勝チームと準優勝チームへのトロフィーの授与(そもそも紅組と白組しかないのに)、終わりの挨拶教室に戻って担任からの言葉&記念品配布。これら全部いる?
近所のインターナショナルスクールのSportsDayを柵越しに覗いたことがあるけど、こっちではサッカーしてるしあっちではバスケしてたり数人でグループ作ってダンスしてる子たちがいたりと事前練習要らずの簡単なもので衝撃的だった。それでいてみんな楽しそう。そんなんでいいと思う。
しかも教員が忙しすぎるとか、授業時間が足りないから夏休み短縮したりするくらいだったら、運動会の準備や練習に割いてる時間なくすだけでずいぶん余裕ができると思う。
名無しさん
競う機会がどんどん奪われてるよね。
競うから伸びることもあると思うんだけどな。
運動でも勉強でも順位つけるのやめちゃってるのが何かもやもやする。
勉強は別に負けてもいいやって思っても運動は負けたくないとか、
その逆もあると思うんだけど、
そういう伸びる可能性を無くしちゃっていいのかな。
いじめに繋がるとかいう理由なのかもしれないけど、
そのくせいじめが起きると隠そうとするし。
いじめを無くしたいんじゃなくて
面倒なことを公にしたくないだけだろう。
子供達の為じゃなくて結局大人のためになってる。
名無しさん
今は世帯数も児童数も減って
保護者の負担が大きい。
うちは田舎なので地区ごとに応援のテントたて。
みんな仕事で集まり悪いのに
学校はテントは必要!と譲らない。
トラックを出す人を探すのも一苦労。
競技に親が駆り出されるし…
そこまでして時間を長くする必要はない。
子供だけの競技で時間が埋まらないなら
短縮は当たり前。
時代にあった運動会を模索してもらいたい。
返信は見てません
赤くなるほどの日焼けや熱中症のリスクを考えると、暑い時に屋外でわざわざやらなくて済むようにして欲しいなと思います。
私自身子供の頃、日焼けで真っ赤になりそばかすやほくろが増える体質で、運動会自体は嫌いではなかったのですがそれに伴う日焼けが本当に苦痛で毎年運動会が憂鬱でした。学校は日陰を作るなどの対策をせずに長い時間活動させすぎだと思います。
兄弟がいるので、屋外で日が照り、子供のための居場所が整わない中、長時間拘束されるのは大変です。
子供1人ではないので、お弁当も負担です。
屋内開催(時期を変えたりや冷房など暑さ対策をした上で)や時短は良い案だと思います。
名無しさん
私の子供時代は競技や入場行進はもちろんのこと準備運動などの練習を何度もさせられ出来ない子は何度も教師に怒られてていましたが、何故そこまでする必要はあるの?それならぶっつけ本番でいいやんって思っていました。競技のルールを教えるために、ちょっとした練習をする必要はありますが、行進とか準備運動の練習を何度もしたり、教師が出来ない子を怒られ役にさせてスケープゴートにするのはちょっと違うと思う。
名無しさん
反対する親は運動の苦手の親としか考えられない。
運動会とは今までの成果を見せる場であり、みんなで弁当食べたりしてコミュニケーションをとる場だと思います。
共働きで疲れてるから?ならどちらかは働かなくてもいいのでは?
結果はどうであれ一生懸命の子供の姿を奪って何したいんだろう。
たしかに共働きは多くなっていますが、それは昔もいましたよね?
優劣つけないのであれば勉強も平等にしないとね。
名無しさん
うちは幼稚園から中学校まで運動会は午前中で終わりです。
30年以上前からずっとなので、当たり前だと思っていました。
徒競走は、先にタイムを計っておいて、タイム順に走る順番が決まります。
なので、遅い子も速い子も、1位になるチャンスもあるし、最下位になることもあります。
勉強面では小5からは習熟度別授業が始まりましたが、成績順ではなく、なぜか児童の希望でクラス分けします。そのため、上位クラスにできの悪い子が何人もいて、その子達が出来ないため、全く進まず、クラス分けの意味がない、と子供が話していました。
なにもかもちぐはぐな気がしますね。
nyanjayaki
時短運動会いいと思います。
低学年の子でも最後まで集中してがんばれそうだし、熱中症の心配もしなくてすみます。
今では待ち時間が長すぎて、子供が出店のかき氷に並びまくって、応援が欲しいときに誰も席にいない、という悲しい現象がおきていました。これではチームワークを学ぶには逆効果です。
時短なら親の負担も少ないし、いいことずくめ。
名無しさん
運動音痴で小中学校時代の徒競走はほぼビリ争い、体育の成績は「頑張りましょう」~1か2だったけど、別に悪い思い出はないけどなあ。
高校は体育会系男子校で、体育祭は上半身裸での練習や競技を強制された。徒競走か組体操の選択制で、練習が地獄の組体操しか選べなかったけど、生まれて初めて体育で5を貰った。やはり貴重な青春の1ページ。
地元の自治体では、自分が小学校時代は平日開催で給食支給。中学に入った時に日曜開催の弁当持参という変則型だった。
勝手な想像だけど、運動会が「親のためのイベント」化してしまった時点でこうなる運命だったのかと思ってしまう。
それにしても順位で優劣つけないって、それじゃ勉強による成績の優劣もいっそ廃止したら良いのではないだろうか。
冒頭に書いたけれど自分は運動音痴で、体育は苦手でした。
名無しさん
運動会に固執する必要はない。
運動会は多様な能力を発揮する大事な場を奪うという趣旨だが、運動会の時間配分は80%以上が運動だ、おまけ的な部分での能力発揮は、どこまで効果あるのか?筆者のいうような多様な生徒の能力を発揮する大事な場を!というなら、古代ギリシアオリンピックのように、運動向きの生徒は運動会に、芸術や文化向きの子は文化祭での個人やグループ発表というように、運動会と文化祭を一緒にすれば良い。生徒はより自分向きの好きな方に参加すれば良い。そうすれば日程も短縮できるし、生徒参加の機会選択も広がり、保護者の投稿負担も減る。
*2*2
競わない運動会?いらない。意味がない。
運動会は運動が得意な子供の晴れ舞台。
勉強ができる子は試験という晴れ舞台があるしね。
うちの子も運動会で負けて、一生懸命練習してた。
子供自身が適性を理解するチャンスだし、多少危険なものも安全性に考慮した上で良いからやらないと、「本当に危ないもの」を理解できなくなる。
名無しさん
子育てしてる親で異常な人が増えたから昔は無かった学校へのクレームが増えたり・・・
親に心の余裕がないから子供も心に余裕がないのだと思います。
政治、経済が影響してるのは明らかで、皆で日本を変えていかないと駄目ですよね。
名無しさん
他の行事もそうだが全員に参加を義務付けるのではなく、出たい子だけが出る自由参加にしたほうが良いような気がする。学校側が開催の意義使う「連帯感」や「達成感」を無理に植え付けさせる必要はないし、かえってトラウマが生じる逆効果の場合も多い。戦前の軍事教練の名残を色濃く残したものは、やはり見直す必要はあるのは間違いないと思う。
きな粉コッペパン
お弁当はこの頃の雑誌に取り上げているし
インスタを見たら真似出来るけど、それでも大変な事ですが子供の為だと思いますが周りのお弁当も気になります。インスタにあげたい方はかなり頑張ればよいのでは。
自分の子供がリレーの選手にはえらばれなくても
自分の組みの子供を全力で応援をする、会場が一体となるあの応援は多分小学校の時だけ
時短になつてもリレーとかは残して欲しい。
名無しさん
順位をつけない、争わないは非常に疑問。オンリーワンを目指す道もありますが現実にはオンリーワンを目指す争いがあります笑、終身雇用も年功序列もなくなりよりグローバルに世界中の人々と競う時代が加速していきます。競争から逃げる形は良くないです、ただの負け犬になります。競争を助長したくなければよりチームワーク、協力、その中でリーダーシップとプロジェクトを支えそれを披露する。そのような形の運動会にしてはどうでしょうか?
みみ
早く無くなれば良い。
●春も秋も天候が不順で、晴れたら晴れたで、昭和に比べて炎天下。練習も含め、危険すぎる。
●近年普通学級に多く在籍するようになった特別支援が必要な児童は、「通常」を乱されるのが苦手なので、運動会時間割や集団行動の強要が耐えられず、おかしくなることが多い。
昭和とは学校の置かれた環境が違いすぎるのである。もう少しすると、学習内容も精選されるのかもしれないが、今はおそらく過渡期で、一番辛い。
名無しさん
このような世の中にした親が悪い。
常識のない、モラルのない親が多くてびっくりする。先生方も、そんな親に付き合うことが怖いのでは。
あと、先生方も働きすぎではない。
要領がわるいだけ。自身の能力の低さを今の世の中に当てはめないでほしい。
いずれにしろ、子供達の意見を強く反映した運動会であるべき。
子供が組体操やりたいと言ってやった上で怪我したのであれば、それは良い経験。
近頃の親も先生もビビりすぎ。
名無しさん
自分が中学生の時に、運動会で、ムカデ競争とかの練習は、放課後や休みの日に出てきて、絶対他クラスには負けない。って勝つ気満々で望んでいた。だからクラスそこから団結力も高まり、友情も一気に芽生えていった。出来ない友達には力を貸しみんなで手助けするってことも学んだ。ケガを恐れていたらこれから先何にも出来なくなる。ケガをしないようにどうすれば良いかも学べる。みんなは自分のために。自分はみんなのために。とはよく言ったものだ。
名無しさん
去年はお弁当作って雨で延期連絡きた時はブチ切れそうになったなぁ…お弁当は日持ちもしないし無い方が楽だけど子供は楽しみにしてるんだよね。運動会って日に日に危険なものは避け順位のつかない競技になったりそもそも楽しむ事が子供達も出来なくなってると思う。うち2学期制では秋の運動会だけどこの季節の運動会は練習もろくに出来てないクラスにまだ馴染めてない状態での練習をして大変だと思う。今は卒業して中学生になってるけど、体育祭の方が子供達も楽しんでイキイキしてるとは思った。
名無しさん
私自身運動が得意でなかったから、運動会が嫌いだった。
不得意で運動が好きな子は運動会が楽しかったと思う。
我が子は運動は得意ではないわりに、運動会を楽しんでいる。
で、私は運動会はなくていいです。
大人になった時、仕事で役に立つのは勉強だから。
体育の授業もあるし。
親がスポーツ好き、もしくは子供がやりたいなら、習い事で運動させればいいと思う。お金がかかるものから、安く済むものまであるから。
学校は友達とたのしく過ごせて、最低限の勉強をしっかりさせてくれたらいい。
炎天下で砂埃。未就学児の頃ほどではないけど、我が子は体が弱い方みたいで、少なからず毎年、運動会の練習時期は喘息症状がでる。
体力削ってまで運動会してほしくないです。
また、その際に、一部のマナーの悪い親をみると気分もわるい。これからの時代、駅での肩がぶつかったので殴り合いのようなトラブルが学校でも起きそうで怖い。
名無しさん
そもそも、教育課程に「運動会をしなさい。」とは書かれていません。また、「ゆとり」の見直しで土日は休みになったけど、年間授業数は増えたのに、「運動会用の時間」は増えません。(というか、「運動会」と教育課程には書かれていないからそもそもその時間はどこかから捻出です。)だから「運動会はなくさないで」とか「学芸会はなくさないで」といいつつ、「学力低下だからもっと勉強させて」という相反する要求に学校が応え続けるには、残念ながら教育課程が指定してくる授業時間数からみると、無理な時期になっています。あとは長期休業(夏・冬休み)を減らすほかありません。(今年は実際10連休だったので、実は夏休みの日数を全市的に減らしたそうです) 運動会や学芸会で育てるのか、勉強で学力を育てるのか、そういう二択を迫られている時代になったのかもしれませんね。
名無しさん
授業参観など保護者に我が子の様子を見てもらう機会は他にもある。だから、運動会から保護者に見せるプログラムを外して、事前の練習時間を削ってはどうか。指導要領で言うところの体育的行事という、本来の姿に戻して、陸上種目やレクリエーション的種目で競わせる。事前練習も体育の授業内で完結させればよい。入場行進の練習とか、保護者には楽しみででも、セレモニーでしかない。炎天下で何度も練習させる時間と、授業時間確保のどちらを優先するか。授業時間確保が厳格になったので、かつてのような行事を続けることは難しいでしょう。
名無しさん
運動会自体は良いと思うけど、練習が多すぎる
それも子供のためじゃ無く、先生がいかに揃った演技を親に見せたいか、親は親で揃ってないと「今年の先生はダメ」みたいに言いますから、子供はいい迷惑だと思う。
出たい種目を子供自身に決めさせてみたらどうですかね。競うのが好きな子もいるし、嫌いな子もいるから。
足に自信ある子はかけっこリレー、ダンス好きな子はダンス、チーム戦好きな子は団体競技、でいいと思う。
低学年でも組体操やってみたい!って子は体力に応じた演技にして参加すれば、高学年に混じって低学年が頑張ってて盛り上がるし。
自分の好きな種目、演技を練習して、自信を持って楽しく当日発表でいいです
16204818
5月だって関東はまだマシな日も多いが、去年みたいに夏のような暑さが続くとみんなバテて、体力が続かない。時短化は良いと思う。組体操は危険だし。
運動会は嫌いで、ある時期は放送係、ある時期は接待係みたいに、割とテントの中に入れる係をやったけど、近所の老人会やPTAの役員には助六寿司のような簡易な弁当が出る習慣、あれは何だったのか不思議でならない。どこから金が出ていたのやら。あと、うちの親は運動会で親が来られない子の分の弁当(決まって主食はいなり寿司と太巻き)までたくさん作って、じゃんじゃん食わせていた。今なら食あたりでもおこしたらいけないから、おちおち他人にはあげられない。

 

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